ハジメニ

うちわ祭とは?

見どころは?

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ハジメニ
うちわまつりとは?
見どころは?

ここの解説のコーナーはページ内リンクを多用していますので閲覧を妨げずにリンクを行ったり来たり出来ます


*うちわまつり概要*
ハジメニ、、 「音ニ溶カサレル…」

 響きの様に低く唸る「大胴」真新しい肌をはち切れんばかりに締め上げその声の高さを誇るかのように歌う「附け」、雷鳴響き渡らせる摺鉦、そして、その荒々しい男達の荒波の境をくぐるように聴こえて来る物悲しくも哀愁のある「笛の音」。轟く という文字の通り三輪を軋ませながら所狭しと集まりくる屋台山車、様々に彩られ縫い込まれた彫刻や装飾たち、その英姿は遠く秩父や赤城といった山々を背に夕刻の闇に「はっきりとした」輪郭となり浮かびあがる、、。やがて、提灯に灯が入れば先程までの影絵のような姿とはうって変わりまるで華が咲いたかのようにきらびやかな妍姿を現す。不夜城のごとく優美な姿情は時が経てばさらに「紅く 蒼く 幽麗に」その全駆を様々に色彩変化させていく。

 祭は、人々から沸き上がる熱気や若いパワー、大音量のお囃子に包まれ否応なしにエレクトして行く、、初めて訪れた者は予想だにしなかった音量に耳を塞ぎことごとく驚愕する、祭りになじみのある地元の人でさえその雰囲気に呑まれ一瞬軽い目眩を感じたり夢の中にいるような錯角をおこす、なかには囃子に合わせ体で調子を取っている者もある、やがては全ての者が完全に陶酔し、街中が音の坩堝と化し演奏者と観客との間に境のないひとつの大きなアリーナとなるのである、、。

 七月二十日梅雨明け、その祭は熱気と共にやって来る。「夏」の入り口の祭だ、しかし、熊谷の夏には悲しい歴史がある、今から70年前空から悲しみの雨が降って来て熊谷の街を一晩で焦土に変えてしまった、そう、あの忌わしい戦争の事だ。しかしやがて終戦となりすっかり焼け野原となった熊谷の地にお囃子を響かせ人々に希望の火を灯したのが今のうちわ祭だったのであるこの祭にはそんな側面もある。しかし、そうして復活した祭だけに人々の心の中には恒久平和を願うという気持ちも無意識に込められているのではないか?私はそう思う、そして私もやはり無意識にきっとその先人達の心意気を受け継いでいるに違い無い、この祭り復活に尽力し、今日の様にここまでの規模に作り上げた人々に感謝してやまない、、、

 「うちわまつり」この祭を一口で表現するのは難しい、なぜなら私は観客の立場で一度もこの祭を見た事がないからだ、客観視出来ないのである。それでもあえて観客の立場でこの祭りについて語れと言われたのなら「感動的な祭りです」とか「屋台祭や山車祭」の一種で屋台や山車が街に集まり音のスポーツをする祭りとでもいいましょうか、、、?」などというなんとものっぺらとした表現となってしまう、つまり言葉ではうまく言い表せないのだ。 人間の証明や野生の証明の者である森村誠一氏は実はこの熊谷の出身で、生まれてから青春自体の大半をこの地で過ごしたそうだ。氏も大のうちわ祭ファンと聞く、講演や著書で時々熊谷での体験やうちわ祭に触れ次の様に祭りにうちわ祭りについて熱く語っておられる。以前氏の講演会で「うちわ祭りは実際に山車などをぶつけあったりはせずお囃子の音と音をぶつけあうというスタイルで、これは、非常に画期的で良いアイディアで実に紳士的である、音の喧嘩!お囃子のへヴィ−メタルだ!」という要旨の事を語られていたのを思い出したが、まさに言い得て妙で、熊谷うちわ祭りを表現するのにこれほどぴったりな表現はなかなか見付かるものではない。うちわ祭を見てみたいと思っている方には参考になるのではないだろうか?

 ちわ祭りを訪れた方は口々に「感動しました」とか「今迄こんな盛り上がっている祭見た事がありません」だとか「音の大きさにびっくりしました」などと我々に感想を述べて帰るが我々参加者側も同じ気持ちなのだ。だから出て来る言葉はありがとうではなくて「そうだいねぇ」になってしまう、もし私からうちわ祭りを欠いたら生きては行けないだろう、、といっても私はほんの少し携わっているだけなのだがそのほんの少しの繋がりを断ち切られたら大袈裟な表現ではなく本当に生きては行けないだろう、それは港に繋留されたボートに良く似ている、そのちっぽけな私の人生を乗せたボートは辛うじて自分の力で浮いてはいるがロープを外されたらたちまち流されて漂流してしまうのだ、うちわ祭とは私にとって港で、心の拠り所であり、唯一自分の原点に立ち返れる心の故里なのだ、、、。

忘れてはいけない

文中の中でも有りました熊谷空襲は終戦前夜の空爆です、この無意味で愚かな空爆で沢山の人が殺戮されました。一部のブルジョワ階級や大きな権力の利益の目的の為だけに関係のない人々を巻き込み心の闇の部分を無理矢理に引きずり出し剥き出しにさせ国を大混乱に陥れる「戦争」こういう考えを持った人は今もこの日本やアメリカにしっかり残っており復活の兆しさえある、彼等は映画やテレビなどのメディアなどにまで干渉し始めている、とても悲しい事実だ、実に愚かな事だ、、自らの利益の為一般市民を死に至らしめる事も辞さないなどと言う発想はまともな考えをもった人間の考える事ではない!鬼畜以下である。といえるだろう

うちわまつりとは?

うちわまつりとは毎年7月の20日〜22日の三日間に渡り埼玉県北部に位置する熊谷市で恒例行事として執り行われる伝統的な祭りで「疫病退散、五穀豊穰」を願う念仏祭りとして始まりました。現在は屋台と山車のお祭りとなり、開催中は述べ70万人の人出で賑わいます、北関東のごく限られた地域だけで聞く事の出来る「参手古囃子」と呼ばれる独特なお囃子にのせ時には静かにまた時には荒々しく十二台の屋台山車が市中をねり歩きます、また、「叩き合い」と呼ばれる町内同士の勇ましいお囃子合戦はこの祭の見どころの一つでもあります、実はうちわ祭といってもうちわはメインではなく人々に配るだけです、うちわを持って踊ったりとか、大うちわを担いだりと言う祭ではありません、その代わり期間中は町中 うちわを手に持った人で溢れ返ります、このうちわはおまつり広場に設けられた「お仮屋」にお参りしたり商店などで買い物をすると必ずもらえるます、昔は"しょいこ"や"ざまかご"と呼ばれる背負い道具にこのうちわを沢山差して町で顔が利く事を鼻にしたという話を祖母から聞いた憶えがあります、また三銭の買い物でも五銭のうちわがもらえるというので「買い物はうちわ祭りの日」というのは昔は有名なフレーズだったそうです。

 さて、余談ですがこのお祭が近付く6月の終わりともなると家々の軒先や商店デパートなどに祭りを祝う しめ縄やお花、のぼりが飾られ、街全体が祭りで盛り上がってきます、またこの頃そこここの町内からお囃子の練習の音が聞こえて来てこの頃の熊谷のおまつり前のひとつの風物詩になっています、時間に余裕のある方は祭り前に熊谷を訪れて生の街の空気に触れてみるのもまた一興かとおもいますが、いかがでしょう、、、。

見どころは?

二十日

先ずは初日熊谷駅前で繰り広げられる初叩き合いです、毎年全町内が出て来る事になっているのではないのですが、運が良ければ全町内揃った勇姿が見られるかもしれません、

ビューポイント

もちろん熊谷駅前です、この場所全部がビューポイントですがとくに北口の階段をおりたあたりは少し高くなっているので見やすいかも知れません


二十一日

そして二日目の昼間、4車線もある国道十七号を約四キロにも渡り独占し行われる巡行祭は全町内の山車、屋台が中山道を下ってきてまた上って行く美しい絵巻物のようなお祭りです。晴れている事が多くコントラストの強いお祭りでもあります、また、この日はシャッターチャンスが沢山あると言われています。

ビューポイント

この日はどこも良いポイントですが石原区と本石区が全町内を迎える石原駅入り口付近のビレッタマンション前や、星川通りにある御仮屋近くなどが比較的全町内を同じ条件、同じ角度で見る事が出来ます。


二十二日

三日目夜の引っ合わせの叩き合い(ひっかわせのたたきあい)は最大の見どころです。市街のまん中を流れる星川と交差する「お祭り広場」と呼ばれるメイン会場では民謡流し踊りなどが行われていて、やがてそれらの演目が終了すると間もなくその会場に近い狭い辻などで叩きあいをくり返していた全町内の屋台山車が一斉にまとい廻しながら一糸乱れず集合します、そして引合わせの叩きあいが始まり会場は音の洪水に見舞われます、一町内でも一里先から聞こえるとも言われる「熊谷囃子」それがその会場に十二ヶ町も集まり最後の力を振り絞るのですからその迫力たるや凄まじく、お祭り広場どころか市中に響きわたり会場内に詰め掛けた多くの人々を完全に陶酔させてしまいます、まさにトランス状態に陥ってしまっていると言っても過言ではないでしょう、そしてひとしきりたたきあいが繰り広げられた後、今度は突然拍子木の音が響き渡ります、それを合図に突然あの大音量の囃子は止み、さっきとはうってかわって場内は水をうったように静まりかえります、そして厳かに年番送り、木遣奉納の儀を終えると、今度は年番町からお囃子が始まり最後はゆっくりとしたお囃子と共に一町内また一町内と会場から去って行きます。

ビューポイント

 この日は混み合っているので中々難しいのですが鎌倉町や弥生町弁天町などの小さな交差点でも叩き合いが行われるのでそこを狙って見に来るのも良いかも知れません。


二十三日

 真夜中午前0時、祇園会による神輿担ぎの還御祭が始まるこれは御仮屋に安置してあった御神体の神輿をこの行宮から八坂神社の本宮まで送りとどける祭です。

またこの頃石原区では屋台小屋前で「屋台格納式」が始まります、明るくライトアップされた会場に直実節で迎えられた屋台が鎮座し、そして若連睦会によるまとい廻しや鳶頭による木遣奉納、若連睦会の囃子演奏が行われます、お祭り広場から一番遠い事もあって一番遅くまで熊谷囃子が聴けるのがここ石原区です。

ビューポイント

 もちろん石原区の屋台小屋前です、最後まで引いてくれた方にはささやかなお土産もございます、、。

当サイトでは祭りの模様を触り程度ですが動画で御紹介致しておりますので、ぜひ、御覧下さい ↑TOPに戻る
うちわ祭りについて詳しくお知りになりたい方は新島章夫氏著の-熊谷うちわ祭り-(さきたま出版会発行-書籍番号ISBN4-87891-080-1 定価¥952+税)を御参考下さい。このサイトも氏の許可を得て一部参照させて頂いております



























用語解説 大胴 「おおど」とも「おおどん」とも呼ぶ、うちわ祭りのお囃子に用いられる太鼓の一つその中で一番大きな太鼓の呼び名。屋台山車共に右側(向かって左側)に付く演奏者は立って叩く。 役割は? よその祭囃子同様主に囃子の間拍子を入れる、ロックバンドで言えばベースにあたる部分だが熊谷の大太鼓は立って演奏する為音量が大きいのが特徴。
附け 「つけだいこ」とも「さんだいこ」とも呼ばれる締め太鼓の一種…大胴同様うちわ祭りのお囃子に用いられる楽器で屋台山車の前面に付いている三つ並んだ太鼓の事、高い音が特徴的。 役割は? 曲事に様々な刻みかたをする、一番目立つパートでもあり囃子の主役でもある…言うなればボーカルの太鼓版か。
摺鉦 すりがねと読む真鍮製の丸盆に似た円形の楽器、普段は単純に"かね"と呼ぶ事も多い…よくある手に持つ摺鉦とは違いここのは直径50センチ重さは20キログラム近くある、こんな物がいくつも付いてガンガンならすのだ、音量は凄まじい!石原区では過去に最高七つまで付けた記録がある。 役割は? リズムを刻むまさにペースメーカー、叩きあいなどの早い演奏の時一番疲労するのがこの楽器、この祭一番特徴的な楽器

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